
ことわざ
牛に引かれて善光寺参り
意味
たまたま起こったことがきっかけで導かれ、思わぬ縁が結ばれること。
また、身近な人に同行し、初めての場所へ出かけたり、思いもよらない体験をすることのたとえ。
補説
「善光寺」とは、長野県にあるお寺です。特定の宗派にかかわりなく、昔からたくさんの人が参詣に訪れています。
地元には、干していた布を引っかけて逃げた牛を追いかけ、このお寺の境内に入った老婆が、ここを霊場と知って、その後は熱心に参詣した、という伝承も残っています。
ここでの「牛」は観音菩薩の化身とされ、思いがけないことから縁が結ばれたという意味で、このことわざの由来とされてきました。
なぜ観音菩薩の化身が牛なのかということについてですが、これは、仏教が誕生したインドでは、牛が神聖な生き物という扱いになっているからとみられています。
神秘的な伝承を由来に持つとされることわざですが、現在ではこうした宗教色は薄れ、「ちょっと人に付き合ってきたら~」というような、軽いニュアンスで使われているようです。
「牛に引かれて善光寺参り」の使い方

友達に誘われて、怖い映画のシリーズの新しいやつを見てきたんだニャン…。

猫くん、怖い映画苦手じゃなかったっけ?大丈夫だったの?

いざ始まったらすごく面白くて、この映画のシリーズを全部見てみようと思ってて、新しい扉を開いた気分だニャン。
でも怖いといえば怖かったから、今日は夜中にトイレに行けるか、うっすら心配してるニャンよ…。

牛に引かれて善光寺参りというか、誰かのおかげで新しい楽しみが増えるとちょっと嬉しいよね。でも、トイレに行けないのは困った話だなあ…。
「牛に引かれて善光寺参り」の例文(文学作品などの使用例)
- ・・・ホテルで昼食を食べ、帰ろう」と家内にいうが、「もう少し行ってみましょうよ」という返事が返ってきた。女は強い。牛に引かれて善光寺参りではないが、家内に導かれて歩き出した。「藤村詩碑」という表示が目に入ったときの喜びは何ともいえなかった・・・斎藤 茂太(著)『老いは楽しい』
- 牛に引かれて善光寺参りというのか、友人に付き添っていったはずの私の方が、すっかりロックフェスの魅力に取りつかれてしまい、今ではひとりで津々浦々のフェスへ足を運んでいる。
- インドアすぎる私を心配した友人に連れ出されて旅行にきたが、きれいな夕日と海に心を洗われ、牛に引かれて善光寺参りを体感した。
「牛に引かれて善光寺参り」の4択クイズ問題

「牛に引かれて善光寺参り」の4択クイズ問題ドン。全問正解できれば合格ド〜ン。
Q1
画像に表示される問題に答えよ。

A2
答えは5秒後に画像に表示されるよ。

「牛に引かれて善光寺参り」とは、嫌々ながら行ったことや、思いがけない出来事が良い結果をもたらすことを意味するドン。
Q2
「牛に引かれて善光寺参り」の伝説に登場する人物は?
- 若者
- 老婆
- 僧侶
- 商人
A2
②老婆

伝説では、信心のない老婆が、観音様が化身した牛に導かれて善光寺に至ったと伝えられるド~ン。
Q3
「牛に引かれて善光寺参り」の発祥地はどこ??
- 小諸市
- 長野市
- 松本市
- 諏訪市
A3
①小諸市

長野県小諸市の布引観音がこのことわざの発祥地とされているド~ン。布引山の断崖には、今でも老婆とともに岩になった布の姿と伝えられる”布岩”を岩肌に見ることができるドン。
Q4
「牛に引かれて善光寺参り」が示す教訓は?
- 計画を立てること
- 偶然を大切にすること
- 他人を信じること
- 旅行を楽しむこと
A4
②偶然を大切にすること

思わぬ他人の誘いや、予期しない出来事が良い結果をもたらすことがあるという教訓ドン。こういう偶然をシンクロニシティとも言うド~ン。
Q5
「牛に引かれて善光寺参り」の「引かれる」に近い意味は?
- 強制される
- 自然と導かれる
- 引っ張られる
- 牛の手綱を握る
A5
②自然と導かれる

ここでの「引かれる」は、物理的に引っ張られるだけでなく、運命的に導かれるという意味を表すド~ン。
「牛に引かれて善光寺参り」は、レベル中級のことわざドン。これを知っていたら一人前ド〜ン。