ことわざ
一日千秋
意味
一日がとても長く感じること。恋しく待ち焦がれる気持ちのたとえ。
類句
一日三秋
三秋の思い
一刻千秋
対義
十年一日
補説
相手を恋しく思うあまり、一日を過ごすことが、まるで千年経つかのように長く感じる、ということのたとえです。「千秋」が千年、あるいは千回の秋を意味します。
恋人への深い思いとしての表現はもちろん、家族や友人への慕情でも用いられ、何か待ち遠しいことがある時にも使われることわざです。
「いちじつせんしゅう」と読むことも「いちにちせんしゅう」と読むこともありますが、どちらも誤りではなく、意味も同じです。
「一日千秋」の使い方

あ~、息子さん、結婚して遠くに住んでるんだもんね。おばあちゃん、よかったねえ。

若い人は何が食べたいのか、とか、孫のお年玉はいくらにしようかって、駄菓子屋に行くたびにニコニコしてて和んじゃうニャンね~。

一日千秋の思いで、楽しみにしてその日を待ってるんだろうね~!なんか、おばあちゃんの喜びよう想像したら泣けてきちゃうなあ。
「一日千秋」の例文(文学作品などの使用例)
- ・・・ここのところずっと途切れていた。 だが実を言えば、矢田のばあちゃんが目下、 一日千秋の思いで待ちわびていたのは、もはや近くに住む息子や息子の妻からの連絡ではなかった・・・阿部 昭(著)『阿部昭集』
- ・・・だって! このあいだも、来たばかりじゃないか」 小柄な北見は胸を張った。 「私は一日千秋の思いでいますので、ごぶさたのような気がしてしまうんですよ」 「今日は別嬪さんを・・・江波戸 哲夫(著)『偽薬』
- ・・・無事だ、と梅屋庄吉さんから連絡を受けたときは、ただただ嬉しかった。それからは、一日千秋の思い出おぬしの帰りを待っていたのだ。愚痴を零せるのは、おぬしのほかにはおらぬか・・・芝 豪(著)『擾乱1900』
駄菓子屋のおばあちゃん、遠くに住んでる息子さん家族も年末帰ってくるらしくて、すごく楽しみにしてたニャン。