ことわざ
朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり
意味
人として大切な道徳を聞いて悟りを開くことができたら、その日の夕方死んでも思い残すことはない、ということ。
類句
酔生夢死
補説
中国の思想家であり、哲学家の顔も持つ孔子の言葉を、弟子がまとめた『論語–里仁』に登場した「人は以て道を知らざるべからず、いやしくも道を聞くを得ば、死すといえども可なり」という言葉から生まれたことわざです。
ここでいう「道」とは、物事の道理や人としてのあり方を意味しています。
自分にとって大切な何かを学ぶことや、新しい知識を得ることの価値を説いている言葉です。
「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」の使い方

これは本当に、すばらしい青春映画だよねえ…。
キャットフリックスに続編の2も上がってたから、続けて見ようよ。

不良もおとなしい子もクラス全員で参加して、一生懸命練習した歌を披露するシーン、本当に感動したニャン…。
人生って、勉強だけが全てじゃないんだニャンね…。

自分にとって本当に大切なものが何かを知る機会とか、それを教えてくれる人って貴重だし、本当に朝に道を聞かば夕べに死すとも可なりってくらい、価値のある経験だよね…。
でもむしろ猫くんは、もう少し勉強をしようね…。
「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」の例文
- ・・・朝に道を聞かば夕べに死すとも可なりというのと僕の願いとは多いに意義を異にして居るけれど・・・国木田 独歩(著)『牛肉と馬鈴薯』
- あの子に彼氏はいないことを知った僕は、まるで朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり、のような、生きることそのものへの難問を解決した気持ちだった。
- 人生は長いけれど、朝に道を聞かば夕べに死すとも可なりと思えるような、大切な何かを知る機会は、一生のうちでなかなかないものだと思う。
映画、面白かったニャン…オラ、泣いちゃったニャンね…。